ひとつひとつの企業、一人一人の専門家との信頼関係を
時間をかけて築いていくべき
今回は東北大学 災害科学国際研究所の 村尾 修教授にインタビューさせて頂きました。
村尾教授は防災都市計画や復興がご専門ですので一見、産学連携とはあまり関わりのない分野に感じられますが、自治体を介して、民間企業と連携するという経験をお持ちです。
今回は、都市防災という専門分野から見た産学連携について、お話頂きました。
研究者の立場からみたこれからの産学連携
まずは、大学における産学連携の必要性について教えて下さい
私は現在、国立大学に籍を置いています。国立大学はかつて文部科学省の内部組織として運営されていましたが、例えば何か社会的要請に応じて新しいことをやろうとする際にもいろいろと制約がありました。しかし、21世紀に入り、それぞれの国立大学が「知の拠点」として自由に運営ができるよう、平成16年4月に国立大学法人に移行しました。その結果、以前よりも制約の少ない独立した組織運営が可能になったのです。そうした中で生まれた国立大学法人法の中で、産学官連携は重要な役割のひとつとなっています。大学で生まれた「知」をより社会のニーズに沿う形でどのように提供できるのか、というのが問われているわけです。』
『大学にあるそれぞれの研究室等で生み出された研究成果を、民間の企業などに技術移転、すなわち仲介する組織があります。こうした組織をTLO(Technology Licensing Organization)(技術移転機関)というのですが、日本中にあるいろいろな大学と関連したTLOが生まれ、現在37の事業者(2016年4月1日現在)が承認されているようです。
それから、法人化によって各大学の個性や特色が活かせるようになったために、それぞれの大学が独自のルールを定めて、産官学連携を推奨しています。
例えば、どのような取り組みがあるのでしょうか
まずは、共同研究というものがあります。これは民間の企業の方などが大学の教員と一つのテーマに向けて、対等の立場で進めていくものです。
私は都市や建築あるいは土木という建設関係の分野にいるのですが、例えばゼネコンの研究部門から建築構造の技術者などが大学に来て、民間企業の技術と大学研究者の知見とをうまく連携させながら、新しい技術へと発展させていくというものです。
それから受託研究というものがあります。これは、何か明確なゴールが決まっているけれど、企業の方でそれを実現させるための実験施設やノウハウがない時などに利用されます。具体的な目的と、2年とか3年とかの期限、そして予算などが決められて、大学の研究室に委託するという仕組みです。
また、受託研究員という制度もあります。民間企業等から研究者や技術者が一定期間、大学に派遣されて、大学教員による研究指導のもとでより高い専門性を身につけたり、あるいは共同研究を行って技術開発をしていくというものです。研究室でのゼミや実験を通じて、大学の先生と連名で研究論文を書くこともあれば、国際会議に出席して発表するという機会も増えると思います。数ヶ月から数年間と状況によって期間は違いますが、大学というある意味自由な環境の中で、研究室の大学院生や他の研究室の教員、あるいは学会等を通じた多くの専門家とネットワークをつくる機会ともなり、関連分野のネットワークを広げていきたい民間企業などにとって、とても良い機会になると思います。
国立大学法人化によって、文部科学省からの大学への予算が削減されているので、こうした受託研究などの外部資金や受託研究員の存在は研究室にとって貴重な財政的・人的資源でもあります。
最後に、奨学寄附金という制度があります。これは企業あるいは個人が特定の研究室などに対して寄附をしてくださるというものです。例えば、ある研究テーマに賛同してくれて、その研究テーマに対してならば自由に使える研究費を寄付してくださるという仕組みです。
今、いくつか挙げましたが、こうした仕組みを通じて、大学の研究者と企業等が連携し、社会のニーズに応えているのですね。こうした連携がうまく回転して、大学発のベンチャーに発展するということもあるかと思います。
民間企業が大学と連携していくためのいくつかの可能性を、挙げていただいたということですね。村尾先生は、
都市防災の分野にいらっしゃるわけですが、先生自身の産学連携のご経験を教えて頂けますか
防災分野における一番の連携は「公」である。これは以前、御世話になっているある先生から聞いた話です。自然災害というものは、地震にしろ、津波にしろ、豪雨にしろ、火山噴火にしろ、基本的に地域全体に関する現象です。そうした地域における、被災直後の対応や復興というものは、その地域を管轄する市町村や、その上位組織にあたる都道府県、そして国との密接な連携が必要になってきます。
ですから、災害に強い街、被害を少しでも軽減させるための仕組みを考え、つくっていくということは、国、都道府県、市町村、そして住民との共同作業でもあるわけです。そういう意味では、我々防災の専門家は国や自治体で立ち上がった様々な委員会に委員として参加し、政策について議論したり、復興計画を策定するお手伝いをしたりすることによって、社会と連携してきたと言えます。
もちろん防災の分野でも、民間企業との産学連携も行われています。
例えば、地震による建物被害を少なくすることは、人的被害を減らすうえでも、またその後の道路閉塞による影響、さらには避難所での負担を減らすうえでも、とても重要なものです。こうした地震に強い建物に関する産学連携は、大学と大手ゼネコン等では頻繁に行われています。
私自身の産学連携の経験は、構造系などの分野の方々と比べると多くはありませんが、少しお話しましょう。
私は建築の中でも計画系と言われる分野にいます。基本的に防災都市計画や復興計画という都市全般に関わる領域ですので、構造系や他の
工学系の先生方のように民間企業と具体的な工業製品の開発をするという世界とは少し違います。例えば以前、ある自治体で地震被害想定に関する委員をしていました。
自治体は地震被害想定策定の細かい作業を民間のコンサルタント会社に委託するわけですが、そうした作業を進めるために連携が必要でした。
その際には私が過去に行った1995年兵庫県南部地震における建物被害分析の研究についての知見に基づき、コンサルタント会社の担当者達と議論しながら進めていきました。また東日本大震災で被災した某自治体の復興メモリアル公園計画策定時にも、委託された民間のコンサルタントと議論しながら進めていったのですが、その際のアイデアなどは私自身の過去の調査や研究に基づいています。
自治体のお仕事を介して、民間企業と連携していたということなのですね
基本的にそういう面が強いです。ただ、私と企業とが直接行う連携の話がまったくなかったというわけではありません。
12年ほど前だったかと思いますが、ある中小企業の社長から連絡がありました。太陽光電池か何かの会社だったと思いますが、太陽光利用に関するある技術を開発したのだが、津波避難路の夜間のサインなどに活かせないかという相談でした。
当時の私は、それが良いアイデアだとは思ったのですが、社会実装のためにどのように展開して良いのかわかりませんでした。
そうした技術を実際の街で利用するには、その地域を管轄する自治体などに売り込む必要もあったかと思います。
そこで、まずは学会等の場で発表して、いろいろな研究者と話してみてはどうかと助言をしました。その後、一度私の関わっている学会にお越しいただきましたが、それっきりとなってしまいました。
大きな学会だと、防災に関する技術を紹介するブースなどを使って、商品をアピールする場もありますので、そういう機会も紹介すれば良かったのかも知れません
大学の立場と企業の立場、それぞれの立場や目的、そして強みについてお互いに
議論を重ね、双方にとって意味のあるやり方で連携していくことが必要
産学連携に関する課題はありますか
2、3年前にまた別の企業から連絡がありました。
詳細は言えませんが、あるものを作っているメーカーです。一度連絡を受け、防災分野とその企業で販売している製品とをうまく連携させて、新しいマーケットを開発したいという趣旨でした。
私としても日頃から「防災」という世界をもっと人々の身近なものに展開させたいと思っていますので、基本的なところでその趣旨に賛同しました。
その企業の持っている技術や製品と私の持っている視点をうまく融合して、ある防災プログラムを開発していけたら良いなと思ったわけです。
しかし、どうも話をしていると話の噛み合わないところが出てきてしまいました。
こちらは、共同研究のような形で1年とか2年とかの時間をかけて調査と研究を重ねて、その商品と関連する防災プログラムを開発したいと思ったのです。それが、社会的に重要だと思ったからです。
ところが、先方は数ヶ月で商品の売り上げが伸びることを目指している。利益を追求する民間企業として、そうした姿勢があることも理解できますが、大学と企業が連携して行うものではないと思いました。
当たり前ですが、民間企業にもたくさんの形態がありますし、トップの考え方も多様です。
中には、大学など研究機関と連携をすることが当たり前だという研究開発部門を所有している企業もありますし、そうではない企業もあります。
大学の立場と企業の立場、それぞれの立場や目的、そして強みについてお互いに議論を重ね、双方にとって意味のあるやり方で連携していくことが必要です。
そのためには、研究とは何なのか、社会に求められているものは何なのか、「産」と「学」の双方が理解を深めていくことも重要かと思います。
今後の産学連携の展望についてはどうでしょうか
防災という分野でお話させていただきますが、防災というのは他の基本的な学問と比べて、新しい学問領域です。
1891年の濃尾地震の後に震災予防調査会というものが生まれて、大規模災害の本格的な調査が始まりました。
震災予防調査会は、1923年関東地震の後に東京大学地震研究所によって引き継がれ、そこで地震研究の拠点が生まれました。
その後、第二次世界大戦があったわけですが、都市防災という分野が回り始めたのは、日本が戦後を経験し、高度経済成長によって社会に余裕の出て来た1960年代から1970年代にかけてです。社会基盤の安全性にも目がいくようになり、津波防災や都市防災に対する投資がさかんに行われました。
そして、1995年に発生した阪神・淡路大震災など数々の災害を経験して、ようやく今日のようにたくさんの研究が蓄積されてきました。しかし、そうした知見が実際の社会に適用されているのかというと、まだまだこれからという状況です。
2015年3月に仙台で第三回国連防災世界会議が開催され、「仙台防災枠組」が採択されました。
「仙台防災枠組」は2030年までに世界が向かっていくべき防災に関する取組みについて、明記されたものです。
この「仙台防災枠組」が採択されるまでの期間中、防災に関する様々な議論があったのですが、大学等で行ってきた研究成果をどのように被害軽減に向けて社会化するのか、というのもその一つでした。
緊急地震速報など、過去にも防災に関する「学」が実用化されている事例はたくさんありますが、まだまだ実用化すべき研究はあります。
すなわち、「産」と「学」が連携する余地がまだ十分にあります。我々防災の研究者もそれを意識して、どのように連携していくのかが大いに求められている状況です。研究の蓄積と技術の高度化によって、防災における産学連携の土壌が整ってきた時代だからこそ、さらに産学連携を展開していかなくてはなりません。
最後に産学連携を進める上でのアドバイスをお願い致します
『産』と『学』のニーズを理解するパイプ役の重要性
大学の研究者の中には、社会に役立つはずの研究成果を有していても、どのように実装して良いのかわからないという人もいます。
また企業の立場からすれば、社会のニーズを肌で感じていて流通のネットワークを持っていても、商品の良さを訴える論理的根拠が足りないということもあると思います。
「産」と「学」を結びつける何らかのパイプは重要だと思いますね。
そして、「産」と「学」のパイプとして有効に機能するためには、まず様々な分野における「産」からのニーズと「学」からのニーズを理解することが重要です。
大企業から中小企業に至る組織ごとの特色、そして大学という研究・教育機関が置かれている環境なども踏まえて、双方をどのようにつなげていくのかを考えていかなくてはならないでしょうね。
さらに、企業と大学とをつなぐ強力なネットワークづくりも必要となってきます。一気につくることはできないと思いますが、ひとつひとつの企業、一人一人の専門家との信頼関係を時間をかけて築いていくべきだと思います。
村尾 修教授 / 東北大学 災害科学国際研究所 地域・都市再生研究部門
日本だけでなく海外での災害に関する被害を調査し、今後起こりうる災害に備えた被害抑止や被害軽減のための対応についてなど研究を行う。
2011年こども環境学会 子どもが元気に育つまちづくり
東日本大震災復興プラン国際提案競技銀賞(優秀賞)
2012年平成23年筑波大学システム情報系教育貢献賞
2014年日本建築学会賞受賞(論文)