【seeds LED】高色純度赤色蛍光体―本技術の特徴と基本性能―

『高色純度赤色蛍光体―本技術の特徴と基本性能―』

 豊橋技術科学大学 教育研究基盤センター大学院工学研究科 環境・生命工学系 中野裕美教授

高演色性LEDのために提案するのは、Eu³⁺イオンを賦活剤とする赤色蛍光体の新規母体材料(Li-Ta-Ti-O系固溶体)技術である。この赤色蛍光体の特徴は、窒化物蛍光体に比べ低い温度での合成が可能で、硫化物蛍光体に比べ耐湿性に優れ、酸化物として経時変化が少なく安定性が高い。赤色蛍光体については高い内部量子効率を示し、発光スペクトルが深い赤色(625nm)で、それ以外(700nm)のスペクトルロスが小さい。励起スペクトルがブロードではないため、可視光では白色(透明)蛍光体である。また、温度特性が比較的良好で温度上昇に伴う輝度低下が小さい。想定される用途は、LED用の演色性向上のための赤色蛍光体、近紫外(400nm)や青色の狭い波長で感知するようなセンサー及び植物工場の青色光と赤色光のスペクトルバランス調整用光源が挙げられる。

http://www.crfc.tut.ac.jp/nakano/index.html

 

『400 nm 励起Li-Ta-Ti-O 系赤色蛍光体材料の開発』

 豊橋技術科学大学 教育研究基盤センター教授 中野 裕美  

 パナソニック(株)要素技術開発センター主幹技師 門脇 慎一

 

  1. はじめに

電気による照明は,1879 年のエジソンの炭素電球に始まり,1996 年に白色LED(light emitting diode)が発表されて以来,我々の生活から白熱球や蛍光灯が徐々に姿を消し,LED 照明に移行している. 白色LED の代表的なものに, 青色LED または近紫外LED で励起して蛍光体材料と組み合わせて白色にするタイプや,三色すべてLED チップを使用するタイプ等,用途に応じてさまざまなタイプが開発されている.青色LED の開発では,日本人の研究者3 名がノーベル賞を受賞以降,白色LED の開発に拍車がかかり,産業界での市場規模は拡大傾向にある.蛍光体材料の市場を牽引しているのは,LED 照明,液晶TV やモニター向けバックライト,車載用の分野である.国内外において今後もますます市場拡大が予想され,それに応じて,高性能の蛍光体材料開発が求められている.

今回,Li-Ta-Ti-O 系固溶体を新規蛍光体の母体材料として用い,合成した赤色蛍光体材料の発光特性と応用に向けた評価結果について紹介する.市場規模の拡大に伴い,多様な蛍光体材料の特性が要求され,本材料の応用分野への広がりを期待している.

 

  1. Li-Ta-Ti-O 系蛍光体 

Li-Ta-Ti-O(以後LTT と略す)系の固溶体は,ある組成域でM-相と呼ばれる特異な周期構造(超構造)が発現し,Ti 添加量により周期構造を自在に制御することができる,自己組織的な材料である.筆者らは,このユニークな材料に着目し,結晶・微構造解析,プロセッシング,特性評価・応用の観点から,長年研究を遂行してきた1)~3).本材料は,Li2CO3,Ta2O5,TiO2を固溶体の出発原料として用い,Li1+x-yTa1-x-3yTix+4yO3の組成式でモル比を計算し秤量する.これに賦活剤として,RE2O3(RE: Eu,Sm,Tm,Er,Dy)を最適量添加し,ボールミルで十分に混合後プレス成型した.これを大気中にて1273 K で3 時間加熱後,引き続き1423 K で15 時間程度電気炉で焼成し,蛍光体材料を合成する.この複雑な組成式は電荷補償をするためであり,最初にM- 相を見いだしたWest4)らのグループが用いた式に従っている.3 価の希土類イオンを使う理由は,母体中のTi イオンが還元されると黒ずみ,蛍光体に適さなくなるためである .

このLTT 固溶体を母体として使用するメリットは,①組成を制御しやすい.②酸化物としての安定性が高い.③焼成温度が低い.④希土類種による広い発光色が得られる.である.上記に示した賦活剤としての3価希土類イオンは,母体材料を変えても,ほぼ同じ波長の発光色を発現する.4f 電子がその外側にある5S2,5P6 電子により外部の影響から遮蔽され,これによりイオン固有の値を取るためであり,Dieke diagram5)のエネルギーレベル図は有用である.LTT 母体材料において,最も適した賦活剤は,Eu3+ イオンによる赤色蛍光体であり,その他の希土類イオンでは内部量子効率の高いものは得られなかった.そこで,次章では赤色蛍光体について詳しく述べる.

 

  1. LTT を母体とする赤色蛍光体の発光特性

図1 に,Li1.11Ta0.89Ti0.11O3:Eu3+,Sm3+ 赤色蛍光体の励起・発光スペクトルを示す.高い発光強度を得るため,Li1+x-y(Nb1-zTaz)1-x-3yTix+4yO3 の組成式で,x, y, z の値を変えて合成し,Li1.11Ta0.89Ti0.11O3 という最適な母体組成を決定した.測定には,F-7000 形分光蛍光光度計((株)日立ハイテクサイエンス製)を使用した.その結果,400 nm 波長の励起により,625 nm 付近でシャープなEu3+ イオンによる赤色発光スペクトルが観測できた.  本材料は,青色(468 nm 付近)励起でも赤色発光をするが,400 nm 励起による発光強度には及ばない.4f 準位間の遷移による発光は,主に電気双極子遷移または磁気双極子遷移による.Eu3+ イオンの場合,置換サイトが反転対称のない格子点を置換すると,励起状態5D0 準位から7F2,4 準位等への電気双極子遷移が強まり,磁気双極子遷移は減少する6).

今回の場合,電気双極子遷移5D0-7F2 による625 nm に,赤色純度の高いシャープなスペクトルが観察され,700 nm 付近の5D0-7F4 のピークがきわめて小さいという特徴がみられる.本来パリティー禁制の遷移であるが,強い電気双極子遷移は,Eu3+ サイトの対称性が低く,パリティー禁制が破れている可能性が示唆される.賦活剤がEu イオン単独では内部量子効率が89%だったのに対し,Sm を共添加した(Eu2O3: 2.5 wt%,Sm2O3: 0.1 wt%)材料では,97~98%の高い内部量子効率を得ることができ7),高い再現性が得られている.これは,Eu3+ とSm3+ 間でエネルギー移動が起こり,Sm3+ が有効な増感剤として作用したためである.また,出発原料の初期粉を十分に粉砕・混合することにより,均質な粒子(2 μm 程度)の蛍光体材料ができたことも一因である.

図1 Li1.11Ta0.89Ti0.11O3:Eu3+,Sm3+ 赤色蛍光体の励起発光スペクトル

 図2 に,Sm 添加量を変えて合成した赤色蛍光体のX 線回折図を示す. 得られた結晶構造データは,LiTaO3 の基本構造(空間群R3c)を示した.当初,超構造を利用することを目的に始めた研究であったが,最も高い発光強度を示したLi1.11Ta0.89Ti0.11O3 では,超構造は形成しない領域であることが基礎研究で明らかになった8).Li1+x-yM1-x-3yTix+4yO3(M=Ta,Nb,0.07≤x≤0.33,0≤y≤0.175)固溶体で,Nb 系では超構造を形成する領域でも,Ta 系ではより多くのTi が固溶され,超構造を形成する領域が異なるためである.

図2 Li1.11Ta0.89Ti0.11O3:Eu3+,Sm3+ 赤色蛍光体のSm 添加量を変えたときのX 線回折図

 ではなぜ高い発光特性が得られたのか?その理由を知るため,X 線回折の結果をリートベルト解析により,詳細な結晶構造解析を行った.得られた結果の中から代表的なものを抜粋し図3 に示す.Ti を添加していない蛍光体Li0.901Eu0.033TaO3 と最適組成での蛍光体(Li0.977Eu0.023)(Ta 0.89Ti0.11)O2.968 について,[110]方位から見た結晶構造図である.発光特性は,後者のほうが4 倍高い強度が得られている.組成は,リートベルト解析 RIETAN-FP 9)によって算出された結果である.LTT 固溶体の場合は,LiTaO3 のTa 席をTi4+ が置換することで,L(i Ta,Ti)O3:Eu3+ 蛍光体の母体構造がわずかに変化し,その変化が発光特性に強く影響すると考えられる.

図3 Ti を添加していない蛍光体Li0.901Eu0.033TaO3 と最適組成での蛍光体(Li0.977Eu0.023)(Ta 0.89Ti0.11)O2.968 の結晶構造比較

 そこで, 配位多面体計算プログラムIVTON10)を用いて各多面体のパラメータを算出し,Ti4+ の固溶による多面体の変形度合いを定量的に議論した.その結果,「偏心距離(Δ)」パラメータ(「多面体の重心と陽イオン間の距離」として定義され,Δ=0 であれば多面体の重心に陽イオンが存在する)で,両者に明らかに差が生じた.Ta 席原子はいずれの場合にも,多面体の重心付近に存在し,試料間で差がないことが示された.これに対し,[(Li,Eu)O12]多面体では,最も明るい材料では大きな偏心距離を示した.XRD 測定結果はあくまで平均構造であり,Eu3+イオンの局所的な配位環境では,さらに大きな偏心が予想される.この結果は,発光強度の増大は,Eu3+イオン位置の多面体重心からの偏心と密接に関係していることを明確に示した.

 

  1. 赤色蛍光体の応用に向けた評価

蛍光体材料は,産業界で使いやすい励起光,できれば青色または近紫外(紫色)で明るく発光することが求められる.本材料の特徴は,励起源として汎用タイプの紫色LED が使用できること,発光色の赤色純度が高い蛍光体であること,の2 点が挙げられる.

励起スペクトルがややシャープであるが,温度による変化が低いことを確認するため,本材料の温度特性を表1 に,高温・高湿試験結果(358 K/85%湿度中)を表2 に示す.その結果,温度特性および高温耐湿性が良好であるという評価が得られた.次に,本材料の発光・消光の時間応答特性を図4 に示す.

励起光には,市販の紫色LED(中心波長405 nm)を使用し,出力250 mWで動作させた.蛍光体の発光緩和時間は1.7 msと応答速度は遅く,微小領域からの高強度励起による発光には適さない傾向を示した.応答速度が遅い程,励起準位に電子が溜まることで光の吸収飽和が生じ,そのため発光効率の低下が起こりやすい.比較として,同じ評価法により市販の黄色蛍光体(Y3Al5O12:YAG)を測定した結果,1 μs 以下の速い応答性が観測された.

一般に原子内遷移発光型の蛍光体は低応答性を示す傾向があり,Eu3+ イオン蛍光体では,高応答性は期待できない11).

この材料の課題として,内部量子効率が理論値に近い値を示すのに対し,外部量子効率は20%前後と低い.これは,Eu3+ イオンの4f-4f 遷移が禁制反射であり,吸収率が低いことに由来する.また結晶の屈折率の高さにも由来しており,吸収率を高くするためには,応用の際にデバイス等での工夫が求められる.焼結を冷間等方圧加工法(CIP)後に行い,成型密度を上げる工夫をした結果,吸収率が上がり,外部量子効率は40%まで向上させることができた.現在は,透明セラミックスの合成による発光特性向上を目指している.

図4 発光・消光の時間応答特性(励起光は405 nm を使用)

 

  1. おわりに

Li1+x-yM1-x-3yTix+4yO3(M=Ta, Nb)固溶体に関する研究に着手して約20 年になり,応用分野にも広がりが見え始め,蛍光体材料もその中のひとつである.イノベーションジャパン2015 に出展し,筆者らのブースには200 社を超える来場者があり,本材料の実用化に向けた可能性を議論することができた.その後,日刊工業新聞(2016 年1 月)に本材料を取り上げてもらい,数社の企業からの問い合わせをいただいたが,まだクリアすべき課題も残っている.今後の市場拡大で,多様な蛍光体材料の特性が要求される中で,蛍光体材料の用途開拓が進み,本材料の透明セラミックスの可能性にも大いに期待している.

 

■謝 辞

材料の温度特性評価は,電気化学工業(株)の山田鈴也博士に,リートベルト解析は,名古屋工業大学 福田功一郎教授に,合成は,豊橋技術科学大学大学院生 古谷彰平氏に協力を頂いた.本研究の一部は,科学研究費助成事業(基盤C)No.25420709,No.16K06721 により遂行した.ここに記して謝意を表す.

 

■文 献

1) H. Nakano, T. Saji, M. Yuasa, S. Miyake and M. Mabuchi, J.Ceram. Soc. Japan, 119, 808(2011).

2) H. Nakano, K. Ozono, H. Hayashi and S. Fujihara, J. Am.Ceram. Soc., 95[9], 2795(2012).

3) H. Nakano, S. Furuya, M. Yuasa, T. S. Suzuki and H.Ohsato, Advanced Powder Technology, 28, 2373(2017).

4) M. E. Villafuerte-Castrejon, J. A. Gracia, E. Cisneros, R.Valenzuela and A. R. West, J. Brit. Ceram. Soc., 83, 143(1984).

5) American Institute of Physics Eds, “American Institute ofPhysics Handbook, Third Edition”, McGraw-Hill(1972)pp.7-25.

6) G. S. Ofelt, J. Chem. Phys., 37, 511(1962).

7) H. Nakano, S. Furuya, K. Fukuda and S. Yamada, Res.Bull., 60, 766(2014).

8) H. Nakano, S. Suehiro, S. Furuya and K. Fukuda, J. Alloysand Compds., 618, 504(2015).

9) F. Izumi and K. Momma, Solid State Phenom., 130, 15(2007).

10) T. Balic-Zunic and I. Vickovic, J. Appl. Crystallogr., 29,305-306(1996).

11) 蛍光体同学会編,“蛍光体ハンドブック”(1991)p.309.

 

 

 

中野 裕美(なかの ひろみ)

博士(工学).豊橋技術科学大学教育研究基盤センター教授,副学長(男女共同参画担当).

1983 年豊橋技術科学大学大学院工学研究科博士前期課程修了.(株)村田製作所,龍谷大学を経て2009 年豊橋技術科学大学研究基盤センター准教授,2012 年11 月より現職.日本セラミックス協会理事(男女共同参画委員長),第23-24 期日本学術会議連携会員.

 

門脇 慎一(かどわき しんいち)

パナソニック(株)要素技術開発センター主幹技師.1987 年鳥取大学大学院工学研究科博士前期課程修了.松下電器産業(株)(現パナソニック)入社,DVD,Blu-ray 等の光ディスク装置,プロジェクター等,レーザ応用機器の開発に従事.

 

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