信州大学 人文学部 菊池 聡 教授 専門(認知心理学)

~今号のシーズテーマが『メンタルヘルス・ストレスなど心理学系』という事で

心理学における大学の研究シーズについて 信州大学人文学部の菊池聡教授にお話を伺いました~

 

 

―心理学の応用分野について―

 

日本の大学における学問としての心理学研究は、大きく「臨床系心理学」と「実験系心理学」の二つにわかれます。多くの方が「心理学」という言葉から思い浮かべるのが、カウンセリングやメンタルヘルス向上だと思いますが、こうした心の問題の援助にかかわるのが臨床系です。一方、実験系は、心のサイエンスとも言える分野で、人の知覚や記憶、思考や学習、対人関係の仕組みを科学的方法で解き明かしていく分野です。そして、どちらにおいても心の働き自体を明らかにする基礎系と、それを社会のさまざまなニーズの解決につなげていこうという応用系心理学があります。臨床系は心理療法など実施する応用心理学としての性格が強く、これに対して実験系は、伝統的に心のメカニズムを知る基礎的な役割が重んじられていますが、その多様な知見を社会のニーズに生かそうという応用系の心理学にもつながっていいます。

 

こうした応用系の心理学の対象範囲は、とてもここでは説明しきれないほど多岐にわたっておりまして、それぞれが独自の産学連携の可能性をもっています。比較的なじみ深い例で言いますと、たとえば記憶や学習の知見は教育心理学の分野などで教育現場に応用され、また対人関係や集団力学の知見は社会心理学を通して企業組織にも還元されマーケティングにも応用されます。また、人の感性や感情をめぐる諸研究は、ファッションや広告をはじめとした製品開発に活かされていますし、知覚特性の研究は操作系や画面表示にかかわる人間工学の研究に反映され、さらには人の思考推論システムの研究は、人工知能や自動翻訳の実現にもつながっています。その他にも経済、交通、犯罪、災害、政治、健康・医療など、おそらく人間という要素がかかわる営みのほとんどすべてにおいて、その心の働き自体に着目することで、現実の問題解決に役立てていこうという心理学の視点と研究が活かされています。

 

 

―心理学を活かした産学連携のために―

 

一般企業や自治体における心理学へのニーズというと、職場のメンタルヘルスの問題を筆頭に、主として臨床系が想定されるケースが多いようです。もちろん、この領域での臨床心理学や産業心理学の果たす役割は、組織の構成員が健康に前向きに仕事に取り組むために欠かせないものとなっています。その一方で、科学的な基礎心理学や認知心理学が持っている多様なシーズは、企業がとりくむ製品やサービスの開発や評価はもとより、人的要素がかかわるあらゆる側面で、新たな価値の創出につながる可能性があります。

しかし、乏しいながらも私の経験から申し上げれば、多くの企業では「そこに心理学が活かせる」という発想が存在しない場合が多く、製品やサービスにおける心理的な要素という視点がしばしば欠落しているようです。これは非常に「もったいない」状況であり、ここにこそ大学の研究者と企業との連携活動や共同研究が望まれる場があると思います。

まれに「うちは心理学を取り入れているよ」という企業もあると思いますが、心理学の応用においては、ぜひ心にとめておいていただきたいことがあります。それは企業現場に取り入れられている「心理学」には、専門家の眼から見れば、明らかに根拠が無いものや誤っているものが混入している可能性があることです。

 

日本の心理学の研究者の代表的組織である日本心理学会が、所属する専門家434名に対して行ったアンケート調査結果が学会の公式ページで公表されています。その結果を見ると、回答した専門家の約七割前後が「誤った心理学知識(疑似科学的心理学)」が社会に流布していることを問題視しており、これらにもとづく不適切な教育やテスト、療法の実践を危惧している現状が示されています。

こうした疑似科学的な心理学は一般向けの雑誌や書籍などで非専門家の発信によって広まるケースが多いようです。もちろん、こうした一般心理学のすべてが問題になるわけではありません。しかし、学問としての心理学を担う大学の専門家は、心理学の幅広い専門知識を持っているだけでなく、心理調査法や実験法、データの統計的解析について適切なトレーニングを受けてその職につき、自ら研究活動を行って成果を学会や専門論文などで発表し議論する不断の活動を行っています。こうした第一線の心理学者が持つパワーこそ、産学連携の中でぜひ活用していただきたいものであり、そうした協力こそが研究者と企業の双方に有益な成果を生み出すものと考えます。

 

 

―産学連携の視点と私見―

 

私自身は、主として基礎系の日常的な認知(特に思い込みの心理)を研究テーマとしていますが、ここで得られた知見をもとに産学連携プロジェクトや共同研究の末席に参加し、たとえば職業適性テストの評価、IT機器のインターフェイス評価、ストレス改善器具の評価開発、論理的思考力測定テストの開発などに関わりをもってきました。また個人で可能なアウトリーチ活動として心理学の活用につながるセミナーなどを行って来ました。アウトリーチ活動とは、科学技術に関する研究者の活動を社会に還元し、また社会のニーズを研究者が共有する双方的なコミュニケーション活動の総称です※。

その観点から、心理学の知見を広く役立てていただくために、批判的思考力(クリティカル・シンキング)や情報表現力、モチベーション向上、防災減災の促進にかかわる研修セミナーや公開講座、サイエンスカフェなどを一般企業や自治体向けに行って来ました。こうした共同研究やアウトリーチ活動は、私のシーズにすぎませんが、心理学は思わぬことまで広く応用できることを示す一つの例であろうと思います。

 

そして、心理学の研究者は、日本心理学会に所属するだけでも八千人を数え、その多くが大学や研究機関での研究教育に従事したり、もしくは院生としてその途上にあります。そのそれぞれが、広大な心理学の領域の中で専門領域を持ち、さまざまな企業と連携可能性を秘めています。本メールマガジンをお読みの企業でも、ぜひこうした専門家との連携をご検討いただければと思います。

 

ただ、ここで一点、大学の心理学者のリソースに興味をお持ちの企業に、産学連携がうまく行くための私なりの考えを申し上げておきます。民間の心理学コンサルタントやアドバイザーなどを雇うつもりで大学や研究機関の心理学者に協力を求めても、それはうまく行かないかもしれません。信頼のおける心理学者の多くは、何よりも自らの研究活動を行う「研究者」です。そのため、心理学の知見を一方的に企業側に提供することだけを志向されると、おそらく(心理学に限らず)大学の研究者にとって敬遠される結果に終わります。一方通行ではなく、産学連携の成果が、自分の研究対象に新しい進展や発見をもたらし、具体的には専門の研究業績につながるような関係を築けてこそ、双方にとってwin-winの産学連携が進むものと思います。

 

私が担当するアウトリーチ活動においても、単に心理学の知見を研修やセミナーで伝えて終わりではなく、そうした研修プログラムや教材の有効性や、測定法の妥当性や信頼性を検証し、心理学教育に新たな知見をもたらすことを期待しています。産学連携が推進される昨今ですが、大学の研究者にとって重視されるのは、連携そのものというより、そこからどんな学問的知見が得られるか、というメリットを気にすることを、頭の片隅に置いておいて下さい。

 

心理学の知見は、具体的な製品サービスの開発や評価、組織のメンタルヘルスの向上などに、おおいに貢献できるものと思います。これらに関心を少しでも持たれた方は、諸大学でweb上に用意している研究シーズ集に、「心理学」というワードで検索をかけて、そうした研究者と連携研究のきっかけをつかんでいただければと思います。私の所属する信州大学では、そうした連携研究の窓口部門(研究推進部 http://www.shinshu-u.ac.jp/cooperation/)があり、産学連携の促進に取り組んでいます。また、この産学連携推進協会メルマガが、そうしたつながりのきっかけになることを祈念しております。

 

※文部科学省が推進するアウトリーチ活動

国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め、かつ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究者が共有するため、研究者自身が国民一般に対して行う双方向的なコミュニケーション活動

「文部科学省の説明資料」

 

 

 

菊池 聡 教授/ 信州大学 人文学部 専門(認知心理学)

 

認知心理学の理論から様々角度で心の働きを研究。人間が知らず知らずのうちに陥る

認知上の錯誤をわかりやすく解説するなど教育現場だけでなく、地域やメディアにも活動の場を広げる。

著作 『なぜ疑似科学を信じるのか~思い込みが生み出すニセ科学~』

   『自分だましの心理学』 など多数

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