―木田厚瑞先生が語る、「人を診る」ということ―
長年、呼吸器疾患の診療に携わり、多くの患者さんと向き合ってこられた木田厚瑞先生。今回は少し違った角度からお聞きしました。
―先生は、お坊さん、なんですよね?―
『そうなんです。私は浄土真宗のお寺の長男として生まれました。周囲からは、「いずれは寺を継ぐもの」と思われながら育ちました。』
―それでも医師の道を選ばれたのは、なぜだったのでしょうか。―
『当時は、お坊さんと医師はまったく両立し得ない仕事と思い、医師になる道を選びました。
でも、長年医師として患者さんと向き合ってきて気づいたのは、実は、どちらも”生きている人”を対象とした仕事でした。』
確かに、お坊さんも医師も、人を助け、導いてくれる力がありますもんね。“医師は病気を診る仕事”というイメージがありますが、木田先生はもっと大きな視点で人を診ていそうです。
―木田先生は高齢者医療にも長く携わってこられました。患者さんと向き合う中で、感じることはありますか。―
『高齢者の病気の予防、診断、治療、最期、いわゆる看取りなどどれを取っても、一度しかない人生の大問題です。欧米でのアンケート調査でも自分の最期の決め方は難しいという論文ばかりです。
だから私は、「今をどう生きるか」が大切だと思っています。そのためには、自分の身体と対話することです。疲れているのか、無理をしているのか、それとも頑張れるのか。自分の身体に相談しながら生きていく。時には妥協することもあるでしょうし、納得することもある。そうやって、自分の人生を積み重ねていくのだと思います。』
「身体と対話する」・・・病気になった時だけ身体を意識するのではなく、毎日、自分自身に問いかけながら暮らす。健康法というより、生き方そのものみたいです。
―医師として、一番大切にされていることは何でしょうか。―
『先にも「不出来な者が難しいものを診ている」とお伝えしました。だから医師も勉強を続けなければなりません。そして患者さんと同じ目線でいることが大切です。
自分のいのちのありようを、他人のいのちと同じように常に考えるのが医師の役割だと思います。他人事ではなく、自分に置き換えてみる。そうすると、希望やら注意点が新しく見えてくるような気がするのです。』
【取材後記】
「医師とは病気を診る人」ではないんですね。。患者さんと同じ目線に立ち、病気だけでなく、その人の人生にも思いを巡らせる。木田先生のお話から伝わってきたのは、医学の知識だけではない、人と向き合う姿勢でした。
実は、喘息がでたり、咳が止まらなかったりしたときの駆け込み寺が、木田先生のところでして、、なんらか治療はしていただくのですが、先生にお会いしただけで半分治るような・・・・笑
